小林清子著『いつ死ぬかわからないから;92歳・現役女医のちょっと一言』より

「人を見る眼」より

 初めてなのに、人格品性申し分ないと思われる人に出あった時は、咄嗟にこの人はと頭にぴぴぴと響くものがある。それに反し、初回の時に、そつのない物知りと思われる人が、何度か逢っているうちに、吾こそは偉いんだぞと、自己主張をしていることが見え見えで、腹の底までわかってしまいがっかりする。おしゃべりの上手さに騙されるのであるが、二度三度逢って話を聞いているうちに、お利口かそうでないかがわかってしまうものである。
 
 働いてもらっている人に、何かを頼んでわかることは、頭の良い人は一度できちんと出来るが、そうでない人は、二度も三度も頼んでもきちんと出来ない。そんな人は、大事なことは頼めない人とあきらめるより外ないのである。

 あまりに気持ちの悪いほど、ほいほいと持ち上げる人は危険人物である。腹の底で何を考え、企てているかわからないので用心にこしたことはない。

 自己主張の強い人は看護、介護の仕事には不向きである。自分の考えを患者に押し付けて、言うことをきかせようとする。患者の身になって、やさしく接することの出来ない人である。

 私は人に接する時、その人がどんな態度をとるか、だまって見つめている。すると、その人の性質がわかるものである。
 
 往診して玄関を明けると、その家の主婦がどんな人かがわかる。一事が万事という言葉は生きている。

 使用者は、使用人の本心をつかむことは、なかなかむずかしい。・・・
 
 同僚は、同僚の悪い点を知りながらも、使用者に忠告することはほとんどない。・・・

「願い」より

 核家族が多くなって、高齢の親と暮らしたことのない人が、今や5、60歳になっている。

 そのような人には、自分よりもっと年上の人の気持ちがわからないのは、当然かもしれないが、年寄りに接したことがないからといっても、常識として、それ相当な気配りをしてもらいたい・・・

 年寄りを労る気持ちがあれば、自然に行動に現れるのではあるいまいか。もっと気をまわして、年寄りを上手に取り扱ってもらいたい・・・

 老人に接する時は、一事が万事、うかうかと、ぼんやりしていはいけない・・・

 資格をもつ人が就職しても、介護の実技は一朝一夕には身につくものではない。理論はわかっていても、手も頭もそう易々とは動かないものである・・・

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