『日野原重明の生き方哲学』日野原重明著より
2000年、平均寿命、♂77.72歳、♀84.60歳、65歳以上人口=17.4%
2020年、65歳以上人口=27.8%(3456万人)、♀2/3を占める!
『死の準備のために生がある、老いの準備のために若さがある。』
これまで病気をしなかったから、自分は医師にはかからなくてもよいと考えるのは誤りで、人の命を大切に考えてくださる医師を探し、その医師に相談して、処置を任せられるのが最善だと思います。
その寿命は誰のものか?:当人が希望するような選択の自由を与える
今日の医学の問題点:病む患者全体よりも、病む臓器、疾病そのものにばかりとらわれている。
定年となり、義務づけられた社会機構から離れて、自分が一人になることができたときに、その人には初めて自由が与えられて、本当にその人らしさがそこで発揮されるのです。人生の最後のステージに立つ私たちは、その中で生き方を選びとる自由があります。
その時、私たちに勇気と行動力がないとなると、私たちの生涯というのは、結局抜け殻としての旅であったということになります。年をとって、自己の自由な選択が許されれば、それからの人生は、さまざまなことがかなえられる最後の仕上げの舞台となるのではないかと思います。
みなさんは日常の仕事で外出中、どこかで倒れたり、具合が悪くなられた時には、自分でどこの病院に行けという指令を救急隊員に的確に出せないと、救急車はただ最寄りの救急病院に連れていってしまいます。行った病院のレベルで命が左右されるのです。そういう命を脅かすハプニングに遭遇したときには、いったいどうしたらいいかということをいつでも自分も家人も考えておくことが大切です。
年輩者が夜中に少しでも胸苦しくなった時には、朝になってから病院に行けばいい、医師に電話をかければいいといって放っておくと、すぐに手遅れとなってしまいます。夜中でも、早朝でも、医師とコミュニケーションをとれる間柄でないと人の命は確保されません。そういうことを平生皆が心得ておくべきです。
昔のように、老人が骨折して長く寝たままでいると、頭もぼけてしまいます。それゆえ、手術の翌日から体を動かすということは、病後のボケを予防するためにも絶対に必要です。
人がからだを使わないで寝ている時には、筋肉でも骨でもすぐ退化します。また何日も静かに動かず休んでいると、からだの種々の骨からカルシウムが溶け出て、血中に入り、尿として排泄されます。骨は脱カルシウム状態になり、折れやすくなります。ですから、私たちは病気になってからもからだのあちこちを動かさなければなりません。今では絶対安静ということはもう例外的にしか適用されません。たいていは動かしたほうがよいのです。
私たちのからだというのは、動きながら修繕ができるようになっている。
人間の痛みは、恐れが有り、悲しみがあり、不安があると倍加する。
あんな老人になりたい、若い人に思わせる存在となること
新しい刺激を求めないで諦め型なっていませんか?
「死ぬまでに使われる脳細胞は全部ではなく、さの三分の二か、五分の三の細胞は使われていない。」
最後の死の中にその人の真の姿が具現されるような死を迎えるためには・・・!?
医師が余計なことさえしなければ、老人の最期は安らかに眠るように死ぬことができる。人は生まれる時に意識がないように、老人の多くは眠りながら死ぬことができる(はずである)。
最後の言葉が、「畜生」とか「だまされた」とかでは、こんな悲惨な生涯の終焉はないでしょう。
与えられた時間を積極的に使う生活行動を心がけよう!
老人になるとだんだん依怙地になって孤立してしまう。
老人は人との接触から離れると、老化が非常に早くなる。
漫然と隠居しないこと、そして無駄に老化しないこと
頭を使って推理し考えることがプラスになる
そこにいること自体が心の支えになる
老人は、いったん病気になったり、自立が不可能になったりすると、たいへんみじめな生活をしている。
人間は老いても、あるいは病んでも、廃品とはならず、意味のある存在となりうるが、そこには弱いものに寄り添ってケアする人手と優しく謙虚な心が必要。
医学の進歩は、病人をなくすのではなく、ひ弱な人をつくっていくものである。
医師は、医学についてはプロだが、良い聴き手になるトレーニングは受けていない。なかなか心の奥深くにある患者の悩みにまでは到達しえないことが多い。
「いまの医師は頭と胴とを遮断している。」プラトン、2300年前
「老いることは術はいらぬ。老いに耐えるこそ至難のわざ」ゲーテ
「年寄りになるということには決してコツはいらないが、年寄りでいるということにはコツがいる。」フォルケ・ヘンシェン(スウェーデン、哲学者)
「死は人間の必然の終結である。」シェークスピア、ジュリアス・シーザー
「太陽も、そしてまた死も、じっとみつめていることは不可能だ」ラ・ロッシュ・フーコー
「医学はサイエンスに支えられたアートである。」オスラー
「看護はアートであり、人格である。」フローレンス・ナイチンゲール
「十分に終わりのことを考えよ。まず最初に終わりを考慮せよ。老いというのは、遠いものだと考えるのではなしに、若い中に老いが始まっているのだ。」レオナルド・ダ・ヴィンチ
「無駄な医術をしなければ人間は年をとるときには苦しまないで死ぬ。」プラトン
「終わりよければすべてよし」シェークスピア
「死は人間の生涯の最大の仕事、最大の挑戦である。」ハイデッガー
「人間がはじめることさえ忘れなければ、老いることも楽しからずや」マルチン・ブーバー(イスラエル、哲学者)